
それは子育てが一段落した若かった頃のこと。ものをやみくもに書き出した。題材は私小説でなくて、寓話的ファンタジー。ある時、この会の理事長をなさっている勝田祥三氏が電通時代に、偶然、拝読してくださり、「漫画の映画にしよう」と言ってくださった。ご本人はご承知のとおり「もののけ姫」映画の立役者である。

そこで原稿は、講談社の児童書にもちこまれることになった。その時、私は諸々の理由でそれを拒否して、一般の編集部に見てもらいたいと言い放ったのだ。結果は周りが用意してくれた段取りを全て潰すことになった。

なんという愚かさ。なんという傲慢不遜。そして今になって思う。チャンスというものは、それが過ぎ去ってから、それが唯一無比のものだったとわかる。あれ以来、寓話小説をいくつか書いたが、出版社は「売れないから」と相手にしてくれない。実際、宮沢賢治も新美南吉も商業出版を諦めて、自費出版から初めている。それに加えて本の売れないこのご時世である。

しかし、最近、気づいたことがある。人生は今や百年時代。それは「時間」という誰もが予想しなかった偉大な新たなチャンス到来ではないか、と。病理学者パスツールの言葉「チャンスの女神は、準備している者にしか微笑まない」。あの頃の私はまだ、世の中の仕組みが何もわかっていなかった。笑われると承知で、この奇跡的に与えられた時間を有意義に過ごしたいと願う。
