2011年05月12日

「見えない指輪」

団塊世代の「戦争を知らない子どもたち」も、日本中の人々ともに、遂に、第三次世界大戦の代わりのような生命の危機を脅かされる時代に突入した。
三月後半、東京の食糧不足の補給役として、軽井沢にきた。地元の大型スーパーには、米や諸々の食料があふれるばかりにあり、感嘆した。週末は買出しにくる品川や横浜ナンバーの車で200台ほどの駐車場は、満車になるほどだった。

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そして、家族や友人たちに希望をうかがい、もくもくと荷造りをしている毎日を過ごしながら、ふと、今年は、「桜を見ていない」と、唇を噛んだ。かつて、住まいのあった代々木上原駅付近の遊歩道の夜桜が、目の前に浮かび上がる。軽井沢という地は、大自然満載なのだが、なぜか、桜の名所がない。そこで、ある晴れた昼下がり、隣町の御代田に出向き、メルシャン美術館で、切望の桜の枝を指先で持ち、花びらの薄紅色したほのかな匂いを五感で吸い込み、大満足、春を満喫した。その時間、ほぼ、10分ほど。なのに、この感激。やはり、ああ、自分は日本人だったんだ! と妙な安堵を覚えたものだ。

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今回、知人たちに様々な物資を送るに際して、はじめは、「やや、高級な服を買ったつもりで」へそくりから工面した。そのくらいのことをしなくては、地震ない地にいられるのだから、罰があたる、と思っていたかもしれない。けれど、日がたつにつれて、ほとんどの方々が、米の次に、工事用のヘルメットを、内心、真から欲していると実感した時は、さすがに頭を抱え、うならぬわけにはゆかなかった。

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軽井沢のホームセンターは、すでに、すべて、売り切れ。自分より、もっと、頭の回転の早い人がいるのだ。工事用のヘルメットどころか、自転車、バイク用が、わずかに手に入るだけ。隣町やそのまた、向こうの小さな街々まで、「地図の読めない女」が、パジェロ・ミニを転がして右往左往。一ヶ月の日々が、あっというまに過ぎ去った。
疲労困憊の日々がつづいたが、気力で持っていたような気がする。人の役に立てるかもしれない、という思いは、人間を強くさせ、とてつもない活力を与えてくれる。気づいてみたら、ヘソクリは完全にゼロ地帯。アバウトの数字ではあるが、宅急便の数は、50個を超えていたかもしれない。

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これでは、新品の洋服どころか、長年、欲しかった指輪のために、こっそりとためていた額も、すべて使い果たしてしまっていた。パートナーに「もの好きだねー」といくらか小馬鹿にされながらの日々ではあったが、今、現在、私の薬指には、欲しかった指輪以上の形の見えない指輪が、片手を、空中にかざすと、はっきりと見てとれる。ご存じ、日本映画「オールウエイズ・夕日が丘」の名シーン、小雪が、ボロっちい屋上で、指をかざすあのたぐいに似た種類の指輪である。いずれにしても、今回、前代未聞の危機の中で、全国の仲間たち、女性諸君には、胸に、誇りという名の光輝くブローチが、男性諸氏には、勇気と日本魂という黄金の冠が、頭上に載せられていることだろう。

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posted by アンジェリカ at 14:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする