2012年07月17日

昭和女の反乱

 今回、小沢一郎・和子夫人の手紙を週刊文春で読み終えて、パートナーは、「これで小沢一郎も終わりだな」「これは、女の復讐劇だわね」と私。どの家庭でも、長年、連れ添ってきた故に、思い当たる出来事がひとつやふたつ、あるに違いない。同世代に近い夫婦として、我が家も例外ではなかった。

 それは、日本男子独特の妻に対する傲慢な甘えと縁の下の力持ちを買って出た専業主婦との均衡が崩れた時だった。もう、別れようかと心に決めかけた頃、わがパートナーは、危機を察して「ヤ、ヤバイ!」と思ったのか、一歩、二歩というより背後に駆け出すように譲歩してくれた。具体的に記すと、休みの日、突然、まじめくさった顔で、大量の洗濯を始めたのだ。口をあんぐりと開ける代わりに、冷めた目で、じっと様子をうかがっていたのだが、ある晩、遅く帰宅してみると、リビングがきれいに掃き清められていた。私がするよりも、もっと丁寧に、塵ひとつなく、フローリングがピカピカに光っているように見えた。その決断をするには、さぞや勇気が必要だったことだろう。

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 これが、ハウスクリーニングに頼んでいたり、「俺が金を出すから、お手伝いを探せ」などと言われたら、あのときの怒りの鉾は収まらなかったはずだ。屈辱的な動作を代わりにやってくれる。男の沽券を捨てて。自ら、腰をかがめて、雑巾がけをしてくれる。腕まくりをして。床に這いつくばって。そうしたら、ほとんどの半世紀組以上の女たちは、左右にぎこちなく動く背中を、一度は見ない振りをするが、三度目からは、もぞもぞと動くお尻に「まだ、だめ、早すぎる」となだめすかし、五度目になったら、いそいそと、バケツに水を入れ、別の部屋の掃除をしはじめることだろう。

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 そのくらい、この世代の日本の女たちは、いとしいはずだ。なぜなら、彼女たちはすでに学んでいる。日本の男は、女がうっとりするような言葉は金輪際吐けないが、せっぱ詰まると、無言のまま、何かの行動に託して愛情表現をしようとする不器用な種族であることを。

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 でも、それが、演技であったり、はったりであったりしてはだめなのよね。心の奥深くから「悪かった、許してくれ」と詫びる気持ちが指の先まで達していなくては・・・・
そうした姿をこの目にしっかりと焼き付けることができたので、我が家の反乱は、火の手が上がる直前に、幕を下ろすことができた。けれども・・・ うちのパートナーでも、トイレ掃除は一度たりとも、まだ、したことがありません。

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posted by アンジェリカ at 11:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする