2012年10月31日

イスラムって何?

長編小説が一段落したので、この夏は、前々から興味のあった本を読みあさった。かつて、アメリカの語学学校に通っていた頃、放課後、いかにも保守的な南部出身風の女教師とイスラム圏の男性、三人で、なにげなく会話していた。バレンタインデーが近かったせいか、その女教師は、中年の男性に向かって「あなたの国では、奥さんが四人まで持てるのよね。一体、愛というものをなんだと思っているのよ」と非難がましく言った。すると、その男性は「我が国の歴史も知らずに、勝手なことを言わないでくれ。失礼する!」と心外な顔をして、席を蹴散らすように立ち去った。私も追いかけるように立ち去った。前に、「日本人は宗教を知らないから、そういうのを、こちらでは野蛮人!」と言われたことがあるからだ。帰り道、一、二分であったが、彼は、「なぜ、イスラム社会が多妻もあり」なのか話してくれた。昔、戦争が重なり、未亡人たちの救済から始まったのだと。
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 思えば、その時からだった。私が、イスラム社会に興味を持ったのは。
世界三大宗教であるイスラムは、日本から見れば、まか、不思議な政教一致で、今や教徒は地球人口の七人に一人の割合でいるらしい。手始めに、それではコーランから、ということになったのだが、これが、なかなか手に入らない。どうやら、コーランというものは、アラビア語を学ぶことから始めなければならないらしい。長い期間、翻訳されることも禁止されていたらしい。なぜ?
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 そこで、興亡の歴史書などを通して、予言者マホメッドが受けた啓示の抜粋を読んでみたが、新約聖書と違って、ウーンと腕組みをするようなものではなかった。ただ、少しずつわかってきたのは、どうやらコーランは、目で読み取るものはなく、「読誦せよ」「声に出して詠えよ」という単語にすべての答えが詰まっていそうだということで、ある日、遂に、謎は解けた気分になれた。
 その感慨はこんなものだった。
ユダヤ教のモーゼの時代は、その時代背景として魔法や魔力が一番、はばを効かせていたそうな。それで、神は、己の存在照明として、モーゼに力を与え、海を二つに裂いたりしたという。キリストの時代は知や理がもてはやされていたので、神はイエスに託して、それまでの人間の思考回路を覆らせたらしい。さて、マホメッド生誕の時期は、なんと、詩が一番民衆に影響力があったらしい。そこで、神は、マホメッドに、到底、人間業では不可能きわまりない卓越した韻を踏む天上の美を備えた詩を伝授したらしい。それ故、民衆たちは、その読誦を耳で受け止めるだけで、敬虔な気持ちになり、その場で入信するものが多かったという。
残念ながら聞いたことがないので、これ以上は慎みたいが、イスラムを知れば知るほど、十代後半に社会主義思想を知った時の驚愕にも似た異文化の相違に改めて打ちのめされている。それにしても、もしも、というか、やっぱり、神というものが実在していなかったとしたら、人間の有史以来の四千年の歴史は、一遍の滑稽な笑い話になってしまうのでは・・・・・と思えるのは私だけだろうか。1+2k加工.jpg
posted by アンジェリカ at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月03日

ビル・ゲイツは来るの?

軽井沢のどこかに、あのビル・ゲイツが来るらしいという噂が流れている。地元の人の話では「いや、本人ではなく、親戚の人らしい」とか、「本人ではあるが、名義は別の人だよ」とか「紹介したのは孫氏で、三個ある山のひとつを切り崩して、隣町の御代田に運び、建物ができたら戻すらしい」などなど、聞く方によって違うのだ。
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 世界一のお金持ちが、なんで、おらが村にさ、来るべえ?というところで、真偽のほどは分からぬが、どうやら千メートル道路という道を走れば、後楽園のように大きな白いドームが見えるとも聞き、パートナーがめずらしく興味を示し、一緒に出向いた。なんでも、ヘリポートもあるらしい。
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 が、行けども、行けども、それらしい建物は見えず、運転の苦手な私はあっけなくギブアップをしてしまった。それにしても、いまだ、「なんで?」という気持ちはぬぐいきれない。ジョン・レノンのように親日家とも聞いていないのだから。
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 知っている範囲の長所をあげれば、かつて、アメリカ人の友が来日して、「日本の山は、ダイナミックだなあ!」と感嘆していた。その時は、へ〜、そうなんだ・・・・と疑問符を残したままでいたが、馬仲間とロッキー山脈に出向いたとき、その雄大さに圧倒されたが、確かに、日本の山のように俊敏さとも言えそうな鋭角的な起伏はなかった。しかし、それだけの理由で、この地を気に入るのだろうか、たとえ、世界中に、別荘を持てる人であったにせよ。
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 いずれにしても、ご多分に漏れず、年々、この地も変わっていく。
自然満載でなおかつ人が来ない秘密の場所も、翌年、喜び勇んで出向くと、進入禁止になっていたり、廃館になっていたりする。今年は、愛犬・桃太郎の一番気に入りの場所が、営業を中止していた。めまぐるしく変わるので、そのたびに、「参ったなあ」とがっかりしながらも、新たな散歩コースを探さなくてならない。探すと、「こんな場所、こんな心の和む自然があったとは・・・・」と思えるのが、この地のいいところかもしれない。
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 それは、ある意味で、人生に似ているような気もする。
常に、流れゆく自分たちの年代にあわせて、古い自分を脱ぎ捨て、新しい自分を作り出し、その中で、小さな喜びを発見してゆくことにおいて。
posted by アンジェリカ at 13:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする