2013年01月07日

自由という名のもとで

 一年前から五年ぶりに、冬を軽井沢でなく、東京で過ごしている。パートナーが、肺気腫になり、社長の座を降りて相談役にまわり、家にいることが多くなったからだ。けれども、「死にきれない」と言って始めさせてもらった仕事を続けるために、井の頭線の羽根木公園の前に、小さな仕事場を用意した。将来は、賃貸にするつもりで、退職金の一部を使った初めての投資でもある。限られた金額の中で、これから将来の人生設計を本格的にしなくてはならない。
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 父が生きている間は、言葉にするのも恥じるほど不肖の娘だった私は、「金になる木」があるような気分で生きてきてしまっていた。半世紀以上そのように暮らしてきたので、父が亡くなった時点から、どこで、どのように倹約したらよいかわからず、ついつい極端に走って失敗を重ねてきた。今は、ようやく慣れてきて、「お金に頼らぬ生き方を求めるすばらしさ」を実感している。もちろん、その日、その日の糧を与えられているからだとは思うが、その糧に対しても、深く感謝の気持ちが持てるようになった。そういう意味で、ようやく、一人前に少しはなれたのかもしれない。
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 思いかえしてみたら、私の身内のほとんどは、自分の夢を捨てている。兄や姉、義兄や父ですら、家業を継ぐなどで、自分のやりたいことを身を切る思いで諦めている。それは、アメリカで柔道の道場を持つことであったり、大学に残り、研究を続けることであったり、タナグサーになることであったりした。一族で、親の勧める見合い結婚を何度も拒絶して、家出までやらかし、自分の道を選択したのは、私とアメリカ在住六十年の叔母だけなのかもしれない。
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 私にとっては、パートナーとの結婚、それは、しがらみから逃れる自由への片道キップ以外の何ものでもなかった。もちろん、ここに至るまで、それ相応の重い中身はあったが、ようやく、この年齢で、やりたいことに思う存分挑戦できる巡り合わせとなり、ある方に「やりたいことをやれる人は、百人にひとりか、ふたり、いるか、いないかだよ」と言われ、素直にうなずき、目を閉じる自分がいて、この期間を、「神様からいただいた時間」と手を合わせたりしている。
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 故に、相田みつを風に表現すれば、「海にいる魚は海を知らない、陸に上がって、はじめて海を知る」というところで、パートナーや娘に感謝しつつ、年齢などすっかり忘れて、胸をわくわくさせながら新しい年を迎えようとしている。名称未設定 5.jpg
posted by アンジェリカ at 15:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする