2013年02月01日

健さんから学んだこと

 久々に会った同世代の友人が、「最近、同じ夢を何度も見るようになってしまって・・・」と言う。タクシーに乗り、行き先を伝えようとするのだが、その地名がどうしても思い出せない。運転手さんに「早くしてくださいよ」とせかされても、「海の近くの・・・」とまでしか出てこなくて、頭の中は真っ白になり、息苦しくなって目をさますらしい。
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 なんだかわかるような気がした。たぶん、その夢は、将来の不安を象徴しているのではないだろうか、と勝手に判断する。なぜなら、私も、七十歳を数年超したパートナーが、昼間、ソファに腰掛け、本を読んでいると思いきや、気持ちよさそうに顔を上に向けて、うたた寝なぞしているのを垣間見た時など、異様なほどの不安に襲われ、身体が疎んでしまう体験をしたからだ。
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 それは、つきつめれば、孤独感への恐怖と連なっている。まるで、宇宙に存在しているブラックホールが、眼の前に、パクリと口を開いたような感覚で、その渦の中に落ちていったらお終いだ、とあわてふためいて頭を振ったものだ。
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 そんな中、正月三日、たまたま、テレビで高倉健さんの特集を見た。
現役時代、パートナーがテレビドラマの制作の演出を手がけていたので、この方は、求道者のような人物である、ということは知っていたが、いざ、その台本のカバーの裏に貼り付けられていた詩歌が、ちらりと読みとれた時、思わず、「す、すごい!」とため息が漏れた。それは、「この  雨土に  佇んで  ひとり  寂しさに  微笑む」というような句だったからだ。健さんにも、いかなる過酷な状況に陥っても、何事ものもよすがにせず、余裕を持って微笑むことができる人間でありたい、と思っておられるのか。
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 きっと、心が自由である、ということは誰をも頼らないということ。
 きっと、心が自由である、ということは人間本来の宿命である孤独を受け入れ、そこに自分を憩わせることができるようになること。
 この短い言葉に出会えて、「救われた・・」と思えた。いつの日にか、このような境地に到達できるような人間でありたい、と。
posted by アンジェリカ at 12:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする