2013年06月10日

怒りの矛先 その2

 「自己以外、すべて違う自我」ということを腹にしっかりと留めてから一ヶ月が過ぎた。すると、これまでの自分がいかに唯我独尊だったのかが見えてきた。わずかではあるが、自信喪失気味になっている。それというのも、翌日から「これは大変、他者の話をもっと聞くという体勢をきちんと整えてゆかなくては・・・・・」と心したからだ。
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 数日後、タクシーに乗っていたら、一台の目にも鮮やかなグリーン色した乗用車が目の前を横切ったので、「めずらしい色ですね。お宅の車の模様をとったような・・・・」と話しかけると、「そうでもないですよ。あれは指導員が乗っている車なんです。」とも答え。そこで私は、はるか昔、仮免許で教習所の指導員の方に横に座ってもらって道路に出た時の車の色を思い出そうとしていた。あのようなめずらしい色をしていたのかなあ・・・と。その後の、二、三の会話が噛み合わないので、もう一度聞くと、「指導員というのは我々が初仕事する前に、練習するときの人のことです。」という返事。
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 そこで私は思った。こうした小さなやりとりでも、自分の体験を下地に解釈してしまうのだから、対人関係とはいかに誤解が多いことだろうか、と。ひょっとしたら単なる見解の相違で誤解しあい、それによって怒りが出てくることもしょっちゅうあるのではないだろうか、と。もしかしたら七、八十パーセントあるかもしれない。
 社会的出来事を除けば、私の怒りなどは、相手が自分に対して侮ったような言動をした場合や無理を承知で親切にしていたのにもかかわらず、もっと、もっとと要求された場合などが、ほとんどのような気がする。
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 こうやって、気づいた折に、ひとつ、ひとつ、眺めてゆけば、自分だけが正しいと思い込むことなく、いつかは、「怒りが出てくるのは、ほとんどが勘違い」などと納得できる日が来るかもそれない。そうしたらずいぶんと他者との付き合い方が楽になるはずだ。
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 思い返せば、まだまだ自分は未熟だと常々口に出しているくせに、その一方で、しらぬまに、「かなり、できてきているな」とか「この年齢になったのだから、変えなくてもいい、変わる必要もない」などと思い込んでいたところが確かにある。
 じこかいかくは、まだまだ続きそうだ
posted by アンジェリカ at 10:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする