2014年01月28日

外形的美について

 若い頃、女性の誰もが経験するだろうが、ああいうイメージの女性になりたいなあ、とあれこれ思いめぐらしたものだ。私の場合は、ロミー・シュナイダーというドイツの女優さんが好きで、はじから映画を見ては、服装や雰囲気など学んだ。もちろん白人と黄色人種の差は大いにあるのだが、グレタ・ガルポのように生まれつきの美貌の持ち主ではなく、デートリッヒほど完璧ではなく、ロミー・シュナイダーは、普通の格好をすれば知性と内面を醸し出す中年女性になり、ゴージャスなものを着れば着るほど優美になってゆくところが、自分としては、なんとも師としては一理あり、密かにひとりニンマリしていた。
3.jpg
 ところが自分が、彼らの年齢にたどり着いた頃、すでに憧れの対象はこの世の人でなくなり、50代60代を垣間見ることができなくなってしまう。やがてこちらの方も顔のあちらこちらが緩んできて、ある日突然、鏡に映る大きなイヤリングが痛々しく見え始め、愕然となる。たとえ、たどり着けなくても、お洒落の目標を誰かに定めなくては、と悶々とした日々を過ごす。なぜなら、年を経ても素敵と言われている日本のお女優さんたちは、皆、ある時点で若返りの手術をしていて、実年齢の顔がまったくといっていいほどわからなくなっているからだ。特に化粧品のコマーシャルに出ている方々など、あきらかにある日突然顔が変わり、これこそアン・チェンジングの嘘である、苦々しく思う。
2.jpg
 これでは私たち素人も整形しなくては、どんなにあがいても「素敵」という言葉とは無縁。日本も、やがては整形手術盛んといわれる韓国並みになってしまうのか、どこかおかしい。
外形的美について1.jpg 我が友に「頬をアップすると10年前の顔になるらしいよ。やりたいけど、やれないんだよね」と言うと、「どうして?せっかく若い頃のノッペリしたつるつる顔でなく、陰影がでてきたというのに、もったいないじゃない」友ながらアッパレと感心してしまう。
5.jpg
 そういう意味で、ケネディ家のキャロラインさんは快挙。自分の知性や内面性に絶対的価値を置いているのだろう。また、晩年までお洒落道楽だった母、ジャッキーを見て育ったため反面教師の面もあるかもしれない。
6.jpg
 いずれにしても、ジャッキーが亡くなった時、当時、ニューヨークの隣のアパートに居住していた叔母が、「大輪の花が消えたようで寂しい」としみじみ語っていたのを思い出す。

4.jpgどうやら私は人間的成熟度がまだまだ足りず、情けないことこのうえない。こうやって、ジタバタしながら年を経て行く部類に属しているらしい。
posted by アンジェリカ at 15:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする