2014年04月01日

ある華麗な女の生涯

 この冬は、すっかり治ったつもりで家の掃除やデパートに出かけると、原因不明の高熱が出たり、腰を打撲したりで、普通の生活ができず、「ああ、身体に空気を入れるとは、こういうことだったのか」観念して蟄居している時、突然、友が亡くなったという知らせを受けた。翌日、焼き場に出向き、白い骨を拾った。別れたご主人の姿はなく、友人は私ひとりだった。
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 彼女の出自は地方銀行の一族で、十代をニューヨークで過ごし、大学は国際キリスト教。都内の某老舗有名店の一族と結婚。周りの人々が目を見張るほどの美貌の持ち主で、ジャガーを乗り回し、誰もが認めるセレブ中のセレブという役になりきった人だった。が、外見のイメージとは裏腹に、一歩入れば、身を粉にして献身的につくすタイプで、その生涯は、物語の主人公そのもの。
 なんという哀しい運命を背負って生きた人なんだろう、と思わずにはいられない。
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 それというのも、彼女は天性の感受性と直感力にもまして、あちらの世界、つまり冥界との通信ができる、とのたまわっている人だったのだ。その方面の話を聞かされるたびに、私の身体は硬直して逃げたくもなったが、そういうこともあるかもしれない、とも思える部類に属する人間だったので、なんとか続いてこれたような気がする。けれども家族にとっては、不気味で忌み嫌うものでしかなく、不幸の種は、すべて、そこに集約されていたといっても過言ではないと思える。
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 もしかしたら時代が違えば古代の卑弥呼のように振る舞えた人なのかもしれない。若い時と違って、しょっちゅう行き来している仲ではなかったが、一年か二年に一度はお互いの近況報告をしあったり、苦しい時は励ましあったり、一声で互いの状況を察しあえる心の友のひとりで、自分では気づかず、「最後には彼女がいる」と支えられてきたような気もしなくもない。
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 半年前、私が入院する時に交わした言葉、ふたりともがんばりすぎる傾向にあるから、「がんばってね」の代わりに「怠けろよ!」って言われたいよね。と私。「だけど手術した翌日から歩かされるよ。そうじゃないと看護師さんにお尻叩かれるよ。医者の気迫に負けるなよ!と彼女。後でわかったことなのだが、その時の彼女は、がんの末期でほとんど目も見えなくなっていたとか。
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 だから、やせ衰えて骨ばっかりになったデス・マスクの額に手のひらをピタリとつけて、「がんばったねえ。よく、がんばったねえ。えらいよ!」と耳元で囁かずにはいられなかった。今、「ねえねえ、その後どうしている? やっぱり、あちらの世界はありだった?」などと気軽の電話をかけたい。
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posted by アンジェリカ at 13:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする