2014年05月01日

聖家族との一日

 聖家族との一日。その日はあいにくの雨だった。カソリックの信徒同士のことを、一般に聖家族と呼び合う習わしなのだが、私の所属している聖アルフォンソ初台教会は、八百名以上の人々が出入りしているので、自然に気の合う仲間とそうでない方々とはっきり別れるようになり「社会の縮図」そのものといえる。
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 親しくしている仲間のひとりに大川昇氏がいる。この方は、お聖堂の祭壇や聖櫃(せいひつ)の制作に携わっている方で、その数は全国一である。そこで前々から遊び半分、大川昇教会巡りをやりたいね、などと話していたのだが、ようやく実現した。大川氏の運転するワゴン車で東戸塚の教会まで、総勢九名、わきあいあいとした一日を過ごした。
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左が大川昇氏。
 大川氏の作品は写真でご覧頂くこととして、この方はいくつも楽しい逸話をお持ちの方で、こんなエピソードがある。若い頃は他の日本人のように「信仰に頼るなど日本男児の恥」だと思っていた時期があったと。しかし職人として仕事を請け負っていると、ミサ中、信徒ひとりひとりに神父から配られる御聖体(聖変化したパン)が欲しくて欲しくてたまらなくなってしまって、ある日、まだ洗礼を受けていないのに、こっそりと頂いてしまったことがあるという。そして、その罪の意識のさいなまれて死んでしまうかもしれない、とお思いになったとか。大川氏の純真な人柄がにじみ出ている話である。
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 が、他者の話ばかりしていられない。私も学生時代、カソリックの学校であったため、シスターたちの言葉からひどく反発心を覚えて、卒論は無神論実存主義のボーボワールだった程、宗教に嫌悪感を持っていた時期があった。そして、そうした間にも嘘のような話なのだが、毎晩、修道女たちと一緒にミサを受けると、なぜか、そのパンが欲しくて、ひそかに「うらやましいな」と思ったりしたのをはっきりと覚えている。親の意思で、実家が都内にあったにも関わらず、修道院の寄宿舎に入れられていたのだが、今になって思えば私の人生にとって、大きな転機となる土台造りが成されていたのだろう。
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 というわけで、大川氏としばしば話すのだが、私たちは、聖書に出てくる「放蕩息子の帰還」そのものだよね、と。同じ聖家族といっても、放蕩息子の兄のようなタイプの方々とは確実に一線を画している。毎晩、眠る前のベッドの脇には、世界的名画レンブラントの「放蕩息子の帰還」の絵が置かれている。尊敬する神父のおひとりから頂いたものだ。本物の絵は、ロシアのエルミタージュ美術館にあると聞く。が、どうやら本物の絵に会えるチャンスは巡ってきそうにもないが、十分満足している。
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posted by アンジェリカ at 14:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする