2014年11月05日

母親業・卒業独立宣言 その二

 不意打ちを食らって、私が子どもをあてにせず、早々と最後の地を探し始めたと話すと、友達達の反応は様々。「それじゃ、寂しすぎるわよ」と言いながらも、団塊一世達は、親を見送っても、自分たちは子供に見てもらえない最初の世代であるという自覚がどこかにあるようだ。
名称未設定 1.jpg
 あれから一ヵ月。
 決意が揺らぐことのないようにと、ベッドの脇に一枚のメモが貼られている。
 「一個の人間に  立ち戻る  幸せを  知る。
 妻でなく、母でなく、ましてや子でもなく、一個の人間としての素の自由さの中で、詠い踊り口笛を吹き涙して微笑む」と。
名称未設定 3.jpg
 健康とお金と時間が許す限り、自分の好きなスタイルの生活を、これから時間をかけて準備してゆくのだ。もう、若い人たちの「褒めるしつけ」に振り回されて、無理をしてまで孫を褒めまくる必要性もなければ、ひとりになった時の老後を見てもらおうと、どこか機嫌を伺いながら、相手の顔をのぞきこむこともしないですむ。
 なんと、快適で素晴らしい人生なのか。

 新しい何かを始めてもいい。写真? 社交ダンス? あるいは?
 映画「マリーゴールドホテルで逢いましょう」式に海外に飛び出して行くのもいい。ただし、超高額な医療費を気にしないですむほどの健康があるならば・・・・・。

 これまで、誰かに依存しようとしていた自分が立ち消えて、なんともすがすがしい!
頼れるのは自分だけ! こういう境地に突入し始めた自分が、ひどく心地いい・・・・。
今は健康だから思えるのかな、とも自戒している。昨年、死を目前に控えた日々が栄養になっているのだろう。

 だが、これこそアメリカ個人主義の真髄。
 自分の命を自分で最後まで生き抜く、という力。それが、もっとも尊いことなのだという思い。十代に知り、身体の底に沈殿していたものが、五十年たち、ようやく腕の皮膚の上に姿を現してくれた。他人にはわからなくても、きっと私の顔つきは少し変わったのではないかと思っている。それも、自分でいうのもなんだが、ちょっと、いい方の顔に変わったのではないかと。
posted by アンジェリカ at 14:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする