2015年11月06日

凡人と怪人と

最近はまっている人の本が二冊ある。現在、103歳の篠田桃紅さんと97歳の堀文子さん。ふたりとも日本画家で、たまたまNHKで特集が組まれていたのを見て、今や、おふたりの言葉を抜き取っては、ため息をついたり、我が精神と比べて嘆いたり、笑ったり。
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 平均寿命が90歳以上になってしまいそうな昨今、知った時には「どうしたらいいの」と途方に暮れていたが、せめて彼女たちの背骨の核になっているものを知りたい。そして、どんな小さなことでも取り入られそうな箇所があったら取り入れ、あやかりたい。
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 なぜなら私は普通以上に弱虫な人間であるから。
 ふたりの共通項のひとつは、他人に依存しないということだ。
 若い頃から「孤独が持っているところの芳醇さ」を随所に唄っている。ある時はそのものずばり。ある時は関連風に。それに比べて私は、多少なりとも他人への依存度は減少しつつも、そのきっかけは、情けないことに、依存すると嫌われるという自覚からはじまり、自立することのすばらしさや潔さなどを知らずに来てしまっていたのだ。
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 ほとんどの友人たちに彼等の話をしても、興味を示さない。彼等は特殊な人たちだから、ということらしい。パートナーですら似たようなことを言う。確かに、世界的画家である桃紅さんのインタビューなど拝見すると、「すごいのを通り越して怪物」と思えてしまうところは十分あるが、69歳で言葉も話せず、イタリア・トスカーナにひとり移住して、一日にいくつも単語を覚える生活の中で、干からびてきた精神が蘇った、と記している堀文子女子の在り方は、素敵! うらやましいな! 目標だね! と心から思う。
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 毎夜ベッドの中で、二冊の本をぺらぺらめくって眠りに入るのだが、最後にその文章の一節を。「ひまわりの畠の終焉は、その時の私の何かを変える程の衝撃だった。ひまわりは、頭に黒い種を実らせ、生涯の栄光の時を迎えていたのだ。台地を見つめる顔は敗北ではなく、そのやせた姿にも解脱の風格があった。その顔いっぱいの種は次の生命をやどし、充実していた。死が生涯の華々しい収穫の時だということを、ひまわりから学んだあの日を忘れない」ひとりで生きる・堀文子。
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posted by アンジェリカ at 14:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする