「今年は、自分にも他人にも、いいわけというものを一切しないでみようか」と。

トラウマのある幼児体験のせいか、私は自分でも嫌になるほどの「反省癖」.の持ち主で、一日が終わる頃になると、無意識に頭の中をゆっくりと回転し始めるのは、「あの人に言った台詞」「この人に接した顔つき」などで、そうした時の相手の反応を今一度思い起こしてみては、「まずかったなあ」とか「ああ、恥ずかしい」などと考えていることが多々あった。まわりから見れば、自意識過剰ということですまされてしまうだろう。が、それはそれで、若かった頃は、自分の落ち度を見つめていないと却って不安に陥ってしまっていた。この年齢になれば、さすがに深刻に思い起こすというのでもなく、一種の通過儀礼のようなものでもあった。

そこで思ったのだ。何十年もの長き間、反省に反省を重ねて、かなり真剣に「ああした、ことは二度としない!」と決意しても、改善の兆しが芽生えてこなかったことを。なんどでも同じ失敗を重ねている。

あれから一ヵ月。ひとりで、ぼやっとしている時など、やっている! やっている!
時間の無駄でしかない反省癖を・・・。まるで、いじいじと自分をいじめては楽しんでいるみたいに・・・。はっとなり、「ソノ 思考回路 ヤメ」と宣言。たとえ、どんな愚かな言葉であっても、たとえ、どんな愚かな行為であっても、そのレベルが、ありのままの自分であると再確認。

なんだか生きるのが、楽になった。
驚くほどシンプルになったとでも言おうか。
そして、「自分にも他人にも言い分けめいたことをしない」という心のあり方が、なんらかの形で熟成への道筋への一環となってくれたら嬉しい限りなのだか、どうだろうか。
この一年、実験してみるつもりだ。
