「若い、若いと言うが、一体、いくつくらいになりたいの?」すると、母は答える。
「二、三才でいいのよ。若くなりたい・・・」娘は怪訝な顔をして内心思う。二十代に戻りたいなら気持ちはわかるが、それっぽっち若くなったって・・・ねえ・・・どういうことなのか全く理解できません。

ところが自分が六十代になってみたら、理屈抜きで同じことをしていた。つまり実年齢を公表したくないのだ。とは言っても、十二才若く偽って書類に書いているという武勇伝を持つ方も存じ上げているが、小心者の私は、年齢という欄があると苦肉の策で「団塊世代」と書く時があった。つまり、わずか二、三才をなんとなく、ぼかしたい!
みみっちい抵抗と知りつつ譲れぬ心境といえる。

ところが、世の中は、ある日、突然、人生九十年時代に突入してしまっていた。
六十代から七十代に入るからといって、おじけずいてもいられない。
あと、二十年以上しっかりした足取りで、生きてゆかなくてはならないのだから。
その日々は、「誰かのため」の毎日ではないのかもしれない。
誰かは、もう、いなかったり、巣立ってしまっていて、ひとり、「自分自身という誰か」を慈しみ、大切に面倒を見てやる日々。一番大きなことは相談相手が身近にいなくなること。もう一人の自分と会話してそのつど決断してゆかなくてはならなくなる。

故に、甘えてばかりはいられない。
せめて、今年、古希を迎えます。とここに正直に宣言しよう。
それができたのは、実際、まわりに素敵な七十代が大勢出現してきたから。
それと、フランス大統領マクロン婦人ブリジットさんのおかげです。

