一日遅れていたら危なっかったと言われ、即、酸素室への入院となった。今年、十三才になるダックスフンドである。
これまで、桃太郎は「子はかすがい」の典型だった。私たち夫婦は若い時には稀にしかしなかった喧嘩も、この年齢になると派手に喧嘩する。主に妻の方の小言から始まるのだが、しつこく激しくなると、桃太郎は思い余ってか、リビングの中を「ううううう 」と叫びながら走り回るのだ。「止めてよ。聞きたくないよ」と叫んでいるに違いない。私たちは、はっとなり、「ごめんね。 喧嘩やめるからね」というわけだ。

五年ほど前に夫が入院した時は、一緒に行きたがるので、内緒で見舞いに行っていたら、突然、腰が落ちて歩けなく なってしまった。恐らく、ストレスでなったのだろう、と娘と相談して、病院の玄関の前まで連れて行った。夫が入り口まで出てきて頭を撫でると、やはり桃太郎は歩き出していた。

ゆえに、今回の夫の長い入院生活では、嘘はつかず、事実を長々と説明することにした。本人は姿勢を正して、じいっと耳を三角にして聞いているのだが、わかったのか、わからなっかったのか定かではないが、最後に「承りました」という表情をして立ち上がる。いかにも満足げの顔をして。

結局、彼は 八日間、入院して、無事に我が家に帰ってきた。私は毎日欠かさず面会に行き、夜中は情けないことに孤独感に苛まれて泣きぬれていた。
夫の時は、涙一滴もこぼさず、夜は市販のウッズという薬を飲み、周りに対して攻撃的にまでなっていた。「ここで自分が倒れるわけにはゆかない」と異様なほど気を張っていたにちがいない。

思い返せば、夫の入院中、なんとか活発にやってこれたのは、息子である桃太郎にオンブしてもらっていたのかもしれない。
