2020年10月08日

霧の中へ行く人

 夫の認知症について語るには勇気がいる。書くことによって、夫の社会的立場の評価を落とすような気もするし、また語ったところでこの気持ちをわかってもらえるかわからないし、夫が霧の中へどんどん入って行くのを認めたくない自分もいる。ひと世代上の親がなるのとは、違う次元のような気がする。また、私のまわりの友人たちはご夫妻揃って元気なので、参考意見を聞ける状況でもない。
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 実際のところ、最初の兆候が出てきた頃から、私は怒ってばかりいた。「しっかりしなさい」「情けない」「いい加減にして」「よくよく考えてごらんなさい」頭ごなしに、そんな言葉ばかり吐いていた。そうしないと自分が保っていられなかったからだ。それを親しい友人に話すと、「もっと優しくしてあげなきゃダメでしょ、、、」と言われ、切なかった。
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 というのは、相手の話をじっくりと聞いて理解し、どの言葉を選ぼうかと迷いながら受け答えしていると、「こちらが壊れて行く」のだ。
 初期の頃は、ひとつ会話をするにも、これは正常な言葉なのか、それとも病気ゆえの言葉なのか判断しにくい。こちらも混乱してきて、いつ、自分も引っ張りこまれるかわからないという恐怖に身が竦む。思い返せば、激しく憤ることによって、鋼鉄の武装をしていたといえる。
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 最近のアメリカの統計では、連れ合いが認知症になると、夫、妻も鬱病になり、認知症になる倍率が、通常の病気のケースの六倍に当たるということである。いかにも、と溜飲を下げた。
 ところが、、、コロナ疑惑で二十日間入院していたら、急に認知が進んでしまった。これまでは、こちらが叱りつけると、すぐに我に返り、真っ当になってくれていたのに、黙り込んだままになり、しばらく後に別の奇妙なことを言い出すようになった。
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 遂にきたのだ。霧深い山奥にこれから入って行く。
 とたんに涙が吹き出してきた。「もう、何も言わない。もう、いじめたりしない。これからは優しい言葉だけをかけてゆこう」と誓う。そして、さらに涙は慟哭となる。「ごめんねえ。これまでキツイ言葉ばかりかけて許してねえ」
 夫婦とは、なんとミステリアスな間柄なのか。今は、ただ、神に安寧を祈るばかり。
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posted by アンジェリカ at 11:45| Comment(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする