2017年05月09日

老をなくすプロジェクト

 前々から、年配者には、どうして「老人」という言葉しかないのか、それが不満だった。熟年という言葉はあるが、それは六十代から七十代前半あたりを指しているようで、それ以上は、いくら上手に年をとっても、社会のお荷物になっても、皆、ひとくくりに「老人」と呼ばれているような気がする。
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 最近耳にしたことは、十年後の日本は認知症が一千万人を超えるとか・・・。本当にそうなのか。まだ、老いの中身を知らぬ壮年者たちが、いたずらに恐怖をあおっているだけにすぎないような気がしてならない。ある年齢になってから私もベットで寝付く時に感ずる「はかりしれない不安感」の中身を探ってゆけば、「認知症」という恐怖が大半だ。しかし、自分の子供の頃、結核は死の病であったが、今は違う。成人して、つい最近まで癌は死の病であったが、今は違う。 ならば認知症も、ips細胞のおかげで、近い将来、薬ができるかもしれないですよね。
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 世界に目を向ければ、政治だけでなく、何かの新しいうねり、それも長寿社会を健康的に謳歌しようとする、壮大なムーブメントが確実に始まっている。
 アイリス・アプフェルのドキュメンタリー映画では、現在、94才のニューヨーカー・トンボメガネのファッションアイコン・アイリスが白髪に皺だらけの顔を堂々と披露して、若者達の憧れとなっている。アイリスのモットーは「どんなに体調が悪くても、朝から晩まで外に出かける」。「ブランドよりも四ドルのアクセサリーの方に胸が躍る」。
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 また、写真集「アドバンスドゥ  スタイル」。高額にもかかわらず七万部売れて続編も。今の日本では奇抜すぎるほどカラフルだが、見ているだけで開放的な気分になれる。やはり若さを賛美せず、皺や白髪など隠すことをしないからだろう。写真家いわくモデルたちは「不屈の精神と社会的弱者にはならないという拒絶が、洗練された着こなしに現れている」のだそうだ。
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 いよいよというべきか、ようやくというべきか、生きるパワーが、若さを模すのではなく、「年を取れば地味に遠慮がちに」であった時代から、「年を経て、さらに賢く、堂々と」へ。今は、まだファッション中心だが、そのうちに、「年齢に関係ない生き方への多様性」を模索する時代がすぐそこまで来ている。
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posted by アンジェリカ at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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