2026年05月07日

バターのように溶けた確執

 四月の終わり、今年も夫の法事と私の誕生日がきた。わずか二日違いである。夫が帰天してから五年になる。その日の午前中、娘たち一家,四人と、教会の納骨堂に集まり、ターコイズブルーの骨壷を目の前に、こちらの状況を知らせ、全員でロザリオを唱える。私たち夫婦以外はカトリックではないが、彼らはお経の代わりとしてロザリオを唱えることは抵抗がないようである。
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 そして昼食は、ホテルのバイキングレストラン。そこでみんなが私の誕生日会を開いてくれるのが恒例となった。今年のプレゼントは、伝統工芸品の手作りの箸である。使ってみると、軽やかで,なんでも簡単につまめる。ありがたくて,一回,一回、洗って箱に入れ、我が家代々の観音様の前に捧げている。最も、朝,昼は愛用のフォークだからできることかもしれない。
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 長年,娘は,私が厳しく育てたため「自己肯定感がない自分になってしまった」と私を責め、恨んでいた。けれど、実に、夫を亡くし、親子二人になった時、はたと考えた。「このままでは 永久に心の通い合いができない。なんとかしなくては」と斬新な自己改革を試みることにした。「これからは、いっさいの粗探しはしない。躾の時期は終わった。代わりに,これからは,相手の輪郭をしっかりと見届けながら良いところを見つけて、あらゆることを褒めることにしよう」と決めたのだ。もしも効果がなかったら、また,新たに考えれば良いと腹をくくって。
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 最初の一年は なんの反応も返ってこなかった。
 二年目の母の日。それまでも お義理のように毎年、花は送られてきた。メッセージなしで。ところが、その年、「お母さん,私たちを見守ってくれていて、ありがとう。感謝しています」と本人の字で書かれたカードが入っていたのだ。私は飛び上がって歓喜した。「こ、れ、で、よーし」とご近所に聞こえるほどの声で叫んだはずだ。
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 以来、徐々に,互いに注意深く歩み寄って来て、今では心が通い合っていると断言できる。とは言っても、べったりと付き合っているわけではない。忘れる頃に会う、というスタンスだ。孫たちは育ち、彼女も正社員に抜擢され,張り切って働いている。「こんな生活が待っているとは,夢にも思わなかった」と目を細めて言う。三代揃っての女子会の日は、もう、決まっている。
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posted by アンジェリカ at 10:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 立木アンジェリからのお便り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする