そして昼食は、ホテルのバイキングレストラン。そこでみんなが私の誕生日会を開いてくれるのが恒例となった。今年のプレゼントは、伝統工芸品の手作りの箸である。使ってみると、軽やかで,なんでも簡単につまめる。ありがたくて,一回,一回、洗って箱に入れ、我が家代々の観音様の前に捧げている。最も、朝,昼は愛用のフォークだからできることかもしれない。
長年,娘は,私が厳しく育てたため「自己肯定感がない自分になってしまった」と私を責め、恨んでいた。けれど、実に、夫を亡くし、親子二人になった時、はたと考えた。「このままでは 永久に心の通い合いができない。なんとかしなくては」と斬新な自己改革を試みることにした。「これからは、いっさいの粗探しはしない。躾の時期は終わった。代わりに,これからは,相手の輪郭をしっかりと見届けながら良いところを見つけて、あらゆることを褒めることにしよう」と決めたのだ。もしも効果がなかったら、また,新たに考えれば良いと腹をくくって。
最初の一年は なんの反応も返ってこなかった。
二年目の母の日。それまでも お義理のように毎年、花は送られてきた。メッセージなしで。ところが、その年、「お母さん,私たちを見守ってくれていて、ありがとう。感謝しています」と本人の字で書かれたカードが入っていたのだ。私は飛び上がって歓喜した。「こ、れ、で、よーし」とご近所に聞こえるほどの声で叫んだはずだ。
以来、徐々に,互いに注意深く歩み寄って来て、今では心が通い合っていると断言できる。とは言っても、べったりと付き合っているわけではない。忘れる頃に会う、というスタンスだ。孫たちは育ち、彼女も正社員に抜擢され,張り切って働いている。「こんな生活が待っているとは,夢にも思わなかった」と目を細めて言う。三代揃っての女子会の日は、もう、決まっている。


