かつては、その区域はカラーズである日本人は住めなかったが、綿密な調査が行われ、祖父が アメリカ合衆国の名誉市民であるとわかり、歓迎を受けて入居したようである。叔父のウイリアム・ラッセルJr.は、リッツカールトンホテルの総支配人で、世界のセレブたちが叔父の人間性を信頼して長期滞在をするので、アッパー イーストの著名人だったらしい。居間の暖炉の上には、オペラ歌手のババロテイが幸子叔母を抱きしめ、頬にキッスをしている写真が飾られていた。
叔母の人となりは、一言で言えば、淑女のように美しい人だった。それは 美貌というのではなく、立ち居振る舞いの美しさで、自然に立ち止まったり、物を包んだりする時の所作は、誰もがはっとなり、目が止まってしまう。不思議な魅力の持ち主だった。やはり教養に裏付けされた美意識の賜物なのか,生まれつきのものなのか。実際、往年の大スター、カーク・ダグラスが叔母を追いかけ回した、とビル叔父さんが自慢げに言っていたのを、叔母は小さな舌打ちをして 嗜めていた。微笑ましい光景である。
叔母は 色々なところに私を連れて行ってくれた。ドレスアップして、オペラ鑑賞はボックス席。当時,世界一,お金持ちだったシンガーミシンのご令嬢の住んでいるお城のような館。あの ホテルピエールのそばの館である。そこで七十代のご令嬢ともお会いしたが、それよりも何よりも 度肝を抜いたのは、ヨーロッパの中世のおびただしい骨董品の数々。いく部屋も棚一面に生のまま 列をなして並べられ、飾られていた。
そこで私は 叔母に日本語で聴いた。「どうして 博物館のように並べているの」すると叔母も日本語で答えた。「あの方は世界中,旅をしているでしょ。だから帰国した時も、一眼でわかるようにしているの」「どういうこと」「召使に盗まれても、すぐにわかるように、とか」この時,私は ゾッとして言葉をなくした。肌には 鳥肌が立っていた。
このことは 私の人生の支柱のひとつになっている。人間の品位は、お金持ちになることではなく、有名になることでもなく、命の最後の日まで立派に生き抜くことだと。


